美しく走るために、エンジンがなすべきこと。

全ては新次元のハンドリング性能のために

ハンドリング性能の向上をもって、まだ誰も出会ったことのないエキサイトメントを提供する。その発想の原点には車体とエンジンをひとつのユニットとしてとらえるヤマハ独自の設計思想「GENESIS」(ジェネシス)がある。ヤマハがスーパースポーツやMotoGPのYZR-M1 において並列4気筒を採用している理由は、エンジンそのものの前後長が短いため、最適な前輪分布荷重を確保しやすく、ショートホイールベース設計が可能になる点にある。そこに、クロスプレーン型クランクシャフトを採用することで、これまでの考え方では生まれ得なかった新次元のハンドリング性能を実現することができるという確信に至ったのである。

※ 2002年、GP500からMotoGPへ移行し4ストローク化990ccの時代へ。その後2007年からは800ccへレギュレーション変更。2008年バレンティーノ・ロッシ選手がワールドチャンピオン獲得。

MotoGPの技術を投入したクロスプレーン型クランクシャフト

クロスプレーン型クランクシャフトとは、隣り合う1番と2番、3番と4番のクランクピン位置をそれぞれ90°位相させたクランクシャフトである。これを、図1のように1-3-2-4の点火順序で燃焼させると爆発間隔が270°、180°、90°、180°の不等間隔爆発となる。不等間隔爆発というと路面を蹴るようなトラクション性能を想像しがちであるが決してそうではない。あくまでもクランクシャフトにまとわりつく慣性トルクのノイズを取り払い、スロットル操作とリアタイヤのトラクションが1対1でつながったかのようなダイレクト感を実現している。

クロスプレーン型クランクシャフトのメリット

180°クランクの等間隔爆発エンジンは、不快な振動のもとになる慣性力がバランスし高出力が得られる高性能エンジンの典型である。これまで、その利点に比較すればクランクシャフトにはたらく慣性トルクは特に問題視されることはなかった。ところが、高性能化したエンジンのシビアなコントロール性を追求すると、その慣性トルクの変動は、リニアなトラクションを得ようとするライダーにとって時にノイズとして感じられる場合がある。なぜ、慣性トルクの変動が起こるかというと、ピストンの位置によってクランクシャフトには回転変動が起こる。クランクの回転速度は、増速から減速に移る上死点と下死点で最も速く、一方減速から増速に移る90°と270°では遅くなるからだ。この回転変動はクランク1回転で2回発生していることになる。さて、マシンの駆動力となっているトルクは、燃焼トルクと慣性トルクからなる合成トルクである。図2でわかるように180°クランクエンジンでは、慣性トルクが燃焼トルクを相殺している状態にある。つまり、慣性トルクはマシンを前に進めるための力としては役に立っておらず、ノイズとなってクランクにまとわりついていることになる。クロスプレーン型クランクシャフトは、図2で見ると0点から下に発生しているノイズを取り除いて、純粋な燃焼トルクをそのまま駆動力として取り出すことができるのである。

スロットルワークに対する反応を極める

クロスプレーン型クランクシャフトは、どの回転域、速度域においても、スロットル操作に対するパワーの立ち上がりがつかみやすいエンジン特性を発揮する。コーナリング時、ブレーキングからシフトダウン、倒し込み、旋回、コーナー立ち上がり、その一連のコーナリング動作においてその差は顕著に現れる。立ち上がりのスロットル操作においては、これまでがエンジンの反応とリアタイヤの接地感を確かめながらの微妙なスロットルワークだったとすれば、エンジンの反応がつかみやすいため、スロットルとリアタイヤが1対1でつながっているような安心感があり、より早くスロットルが開けられるようになる。こうした特性が、コーナリングのセオリーを変えてしまうほどの性能をニューYZF-R1に与えている。この扱いやすさは、ワインディングやサーキット走行でのパフォーマンスを高めるばかりでなく、市街地やツーリングなどさまざまな走行シーンにおいてもメリットをもたらしている。それは、エンジンが発するノイズが消えたことにより、エンジンサウンドからブレーキのフィーリング、ウインドプロテクションに至るまで、それまで気がつかなかった領域にまで進化が及んでいるからである。

美しく走るために、車体がなすべきこと

エンジンと車体のパートナーシップ

MotoGPの技術は、エンジンのみならず車体にもフィードバックされた。開発に際しては、MotoGPから車体設計エンジニアをスタッフとして迎える体制をとった。その目的は、クロスプレーン型クランクシャフトエンジンの特性に合った車体を手に入れることにあった。このニューエンジンに対する車体設計のポイントは、駆動力の受け方にある。スロットル操作がしやすくなるために、これまで以上に駆動力が車体にかかることになる。そのときのマシンの挙動が重要で、それには縦剛性とねじり剛性を高めた中で相対的に横剛性を落とすというMotoGPマシンの考え方がもっとも効果的であった。

大きなエネルギーをいなす新設計アルミデルタボックスフレーム

YZR-M1の技術が活かされた車体ではあるが、基本となっているものは、これまで培ってきたYZF-R1のノウハウである。そのポイントは、縦剛性、ねじり剛性、横剛性のバランスにある。単に高剛性化をはかるだけでなく、剛と柔を高次元でバランスさせるというものである。ニューYZF-R1において、剛として固めるべき部分は、ステアリングヘッドまわりとピボットまわり。その両者をアルミ鋳造の堅牢なパーツとして、その間をアルミ鋳造のタンクレールで結んでいる。ここが柔にあたる。さらに、エンジンマウントをYZR-M1と同様に、ステアリングヘッド部から2本の「腕」を伸ばしエンジンの前部を懸架する方式とした。ステアリングヘッドから前側懸架の間で縦剛性とねじりを確保、三角形の間の薄い断面のタンクレールにて横剛性を落としている。それが、エンジンの特性とあいまって、特にコーナー脱出時の旋回性に寄与している。

高運動性能と快適な乗車感の両立

ニューYZF-R1はライダー乗車時の静的な状態で、ほぼ50:50の前後分布荷重を実現。まず、エンジンを直立方向へ9°立て、12mmほど前方にマウントすることで、前輪分布荷重を増やし、さらにライダーの着座位置を8mm前に設定。ライダーの体重を前輪分布荷重増大のために効果的に生かすことで、操縦安定性に貢献している。また、天地方向に長い独自形状のフューエルタンクの採用によりマスの集中化を高めるとともに、燃料の残量に対して車体重心位置が影響を受けにくい構造としている。ライディングポジションに関しては、着座位置の変更に加えて、ハンドルポジションを5mm後退。スポーツ走行時のマシンコトロール性のみならず市街地やクルージングの快適性向上に大きく貢献させている。
※ 数値比較はすべて2008年型YZF-R1(欧州仕様)

エンジン特性に合わせたサスペンションセッティング

リアサスペンションは、圧側減衰「2WAY調整機能付」ショックアブソーバーを用いたボトムリンク式。リンク比の最適化により、エンジンの駆動力を車体安定成分として利用する設計とした。クロスプレーン型クランクシャフトエンジンの場合、立ち上がりでスロットルが早くから開けられるため、瞬時に駆動力が立ち上がり、リアタイヤへの有効な荷重移動が可能となる。また、リアサスペンションには、油圧プリロードアジャスターも装備されている。フロントには、左右独立の減衰機構採用フロントフォークを採用。43mmインナーチューブを用いた倒立式で、圧側減衰を左側、伸側減衰を右側のフォークで発生させている。これにより、より多くのオイルがピストンバルブを通過できるようになり、連続動作時のキャビテーションを最小限に抑え、路面追従性を向上させている。
※ 数値比較はすべて2008年型YZF-R1(欧州仕様)

新たな次元へ踏み込んだブレーキシステムとタイヤ

フロントには外径310mmのディスクプレートとモノブロック6ピストン4パッド対向キャリパーをラジアルマウント。また、ディスクは小径化することで、軸回りの慣性モーメントを低減し、フロント回りのジャイロ効果を抑えている。加えてマスターシリンダーのレバー比にも注力し、このエンジンの特性にフィットするブレーキフィーリングを実現している。リアは外径220mmディスクと1ピストンピンスライドキャリパーを装着した。また、このエンジンは、コーナー出口で早くからスロットルを開けられるため深いバンク角から加速することを想定し、リアタイヤは55%扁平の190/55ZR17M/C(75W)が採用されている。
ディープパープリッシュ
ブルーメタリックC
(ブルー)
ブルーイッシュホワイト
カクテル1(ホワイト)
ブラックメタリックX
(ブラック)

新しい走りを視覚化する。

ヤマハモーターサイクルデザイン

そのモーターサイクルが備えた機能と性能をいかに美しく視覚化するか。それが、すべてのヤマハ車に流れる造形デザインの心得である。ニューYZF-R1は、R1の伝統を継承しながら新たなスーパースポーツとしての価値をその造形に込めている。薄い衣を重ねあわせたような2枚のカウルの隙間から覗くエンジン。強度リブを内側ではなく外側にもってくるいわばインサイドアウトの造形としたエンジンのカバー類など。それらはエンジンの存在感を静かに主張するものである。そして、小さなフェイスに収まった2つの眼、ミッドカウルからテールカウルへ流れる躍動的なライン、リアタイヤを強調する短いマフラー。凝縮感を与えることで、停止していても感じるパフォーマンスを表現している。


エンジンが決めたカウルデザイン

このエンジンは、カウルデザインつまりウインドプロテクションの考え方に新たな示唆を与えた。高速域においてノイズが少なくなり快適に走行できるために、これまでの基準では風切り音や身体にあたる走行風が気になってくる。1/1クレイモデルによって風洞実験を繰り返した結果が、この特徴的なカウル形状となっている。カウル先端からV字型に伸びるフロントカウルとスクリーンの繋ぎ目の溝は、風をきれいに流すための機能となっている。

ニューR1としての主張

初めてこのYZF-R1を正面から見たとき、その眼つきに圧倒される感情を覚えたことだろう。2灯式プロジェクターヘッドライトを採用したフロントフェイスの造形は、秘めたる獰猛性の表現のひとつでもある。機能的にはヘッドライト一体式のエアインダクション吸入口となっており、カウル先端にあたる空気を効率良く取り込むための造形である。プロジェクターヘッドライトは、 ソレノイドで駆動されるシャッターによって、Hi-Loの切り替えを行う新方式となっている。そして、ニューYZF-R1の価値を示すものが3タイプのカラーバリエーションである。ヤマハレーシングイメージを象徴するディープパープリッシュブルーメタリックC、精悍さが際立つブラックメタリックXに加えて、赤のフレームが鮮烈な印象を放つブルーイッシュホワイトカクテル1を採用。その洗練された佇まいを見れば、もはや、レーシングスーツだけがYZF-R1のフォーマルウエアではないことに気がつくだろう。

メカニズムと電子制御技術の饗宴。

ヤマハのエンジン技術の粋を凝縮

エンジンは、これまでに培ってきたYZF-R1の技術をベースにした997cm³・水冷・4ストローク・DOHC・4バルブ。軽量、コンパクト化、高信頼性の確保に重点を置き新設計された。シリンダーボディには、ライナーレスにすることで放熱性と剛性バランスを確保できるセラミックコンポジットメッキシリンダーを採用。また、冷却水の通路がシリンダー側からヘッド側に貫通しないクローズドデッキ構造としている。加えてショートシリンダーという新技術を採用。これはシリンダーブロックをクランクケース側に潜り込ませるもので、シリンダー自体の長さは変えずにシリンダーブロックを短くしている。こうすることでスタッドボルトの長さを短縮化。締結強度を上げ剛性を高めるとともに軽量化にも貢献している。さらに、鍛造ピストン、破断分割式(FS)浸炭コンロッドといったエンジンパーツを採用。こうした技術を集積することで、これまでのヤマハのリッタースーパースポーツエンジンとしての最大ボア78.0mmを実現し、12.7:1の高圧縮比を可能にした。一方、急なシフトダウンにおいても良好なグリップを維持してマシンの挙動を安定させるために、スリッパークラッチを採用した。

車体との融合を目指したエンジンのコンパクト設計

クロスプレーン型クランクシャフトエンジンは、ノイズとなる慣性トルクを打ち消す一方で、不快な振動のもとである慣性偶力は残る。そこで、エンジンの前方に偶力バランサーを設けて振動を打ち消している。しかし、可能な限りの小型軽量化が要求されるエンジンにとって、バランサーが加わるということは、軸が一本増えるということになる。そこで、これまでの軸を介して回転させていた背面ジェネレータをACマグネトーに変更して、クランク同軸上に設置することで軸の数を相殺。同時にクラッチの取り出し部の設計を見直すなどして、エンジンのコンパクト化を実現している。これによって、車体の重量物としてのエンジンを、より前輪寄りに搭載することを可能にしている。

クロスプレーン型クランクシャフトエンジンのサウンド

エキゾーストは、効果的な排気脈動を得るために、1・4番、2・3番を集合させた4-2-1-2タイプとし、2本出しのショートタイプアップサイレンサーを採用した。そこから発せられるエキゾーストサウンドは、このエンジンの存在を聴覚に訴求する。クロスプレーン型クランクシャフトエンジンの不等間隔爆発の排気音を周波数分析すると、周波数のバランスに偏りがあり、低周波と高周波が混在した独自の音を奏でる。それは走行中のライダーには、YZR-M1と同質の力強い独自のサウンドとなって感じられる。

クロスプレーン型クランクの特性を引き出す電子制御技術

ニューYZF-R1には、電子制御技術思想G.E.N.I.C.H. による電子デバイスを搭載。吸気系ではYCC-T(ヤマハ電子制御スロットル)、YCC-I(ヤマハ電子制御インテーク)、FIにはメインインジェクターに加え中高速域から噴射が行われるセカンダリーインジェクターなどを装備し、気筒別、ギア別に燃料、空気量制御を行っている。また、排気系では排気デバイスEXUPが採用されている。YCC-Tは、ライダーのスロットルグリップ操作をセンサーで検出し、それに加えてエンジン回転や水温など各種センサーの信号をECUにて演算し、最適な空気量となるように、サーボモーターでスロットルバルブを駆動。このサイクルをわずか1,000分の数秒という高速で制御するシステムである。これにより、特に低中回転域など、エンジンが要求する最適な吸入空気量となるようにスロットルバルブを制御し、オーバーベンチュリーと呼ばれる吸入速度の低下による空気量の低下・性能低下を防いだり、逆に低いギアやトルクの山谷が残る領域では、要求よりもさらに閉じることにより、理想的なトルク特性の実現を可能としている。YCC-Iは電子制御によりファンネル長を2段階に切り替えるシステムで、9,400r/min以下はロングファンネル、それ以上の回転域になるとファンネルの上部が切り離されショートファンネルとなる。通常だと出力特性は、中低回転域と高回転域いずれかを重視してセッティングしなければならないが、このシステムはその二律背反を打開している。

※ G.E.N.I.C.H. (ジェニック):アナログでは達成できない領域を電子制御によって補完し、人間の感性になじむ性能をより高次元にもとめるというもの。

状況に応じてエンジン特性を切り替えられるD-MODE

D-MODEはYCC-Tの開度マップを切り替えるシステム。パワーそのものを変えるのではなく、エンジン出力特性を3通りに変更することを可能にした。ニューYZF-R1のポテンシャルをベストな状態で引き出せるSTDモードに対して、Aモードはよりスポーティなエンジンレスポンスを低中速領域で楽しめるモード。BモードはSTDモードに対して、穏やかで扱いやすい出力特性を発揮。市街地、ツーリングなどの際に、コース、路面、ライダーの体調など様々な走行コンディションの変化により柔軟に対応することで、マシンとの対話の幅を広げることができる。